【特別企画 技術者の声】
銀写真プリントー写真を“作品”に変える技術
(谷川 隆)

写真展の会場を訪れ、優れた作品を目にした時、人々はまず作品が体現する美や真実に心を動かされ、そして写真家の感性や技術に驚く。しかし、それらを形にするための重要な技術がそこに介在していることに思い至る人は少ない。それが「写真プリント技術」だ。実際、会場で人々の目に映っているのは、プリントされた色や形にすぎない。その色や形が、撮影者の思いを過不足なく表現して、初めて写真は作品となり、アートになるのだ。

谷川 隆は、プロのフォトグラファーやアドバンスト・アマチュア(ハイレベルなアマチュア)の作品を手掛ける「プリントアーティスト」だ。写真展やイベントなどの展示作品を、作品データに補正を加えたうえで出力し、最高の銀写真プリントに仕上げる。「富士フイルムフォトサロン」で展示される作品の大半を手掛けているほか、年間で350もの写真展にかかわり、制作するプリント数は20,000枚を超える。

谷川が営業担当者から作品の画像データを受け取るのは、通常、写真展の1カ月ほど前。併せて、作品のテーマや撮影者の意向などが記された指示書を渡される。それをもとに1〜2週間ほどかけて、全作品の色調・明るさなどのデータ補正を行ったうえで、銀塩写真ペーパーに出力、お客様のもとへ検品に出す。ここでプリントアーティストに求められる最も重要なことは、指示書に込められた撮影者の真の意図を読み解き、表現したい思いを確実に形にすることだ。谷川は、この「読み解き」の精度の高さと、それを使用印画紙の特性に合わせて的確に再現するデータ補正技術の確かさに定評がある。特にデータ補正は、巧拙の差でプリントの仕上がりが見違えるほど変わるため、谷川の卓越したスキルが真価を発揮する領域だ。

お客様はプロのフォトグラファーをはじめとして、自分の作品に対する妥協を許さない方が多い。イメージどおりのプリントに仕上げるため、何度も修正が必要となる場合もある。しかし、谷川のプリントに修正の要望はほとんどない。さらに、谷川のスキルの高さを示す指標としてあげられるのが、補正作業にかかる時間だ。一つの作品で数分程度と、極めて短時間でフォトグラファーの要望を的確に反映し、仕上げることができるのだ。

    時には営業とともにお客様の検品に立ち会うことも。「お客様のところに伺うときは、いまだに前の晩から緊張しますね(笑)」

作者の思いを感じ取り、観る側の視点も磨く

こうしたスキルは誰もが簡単に身につけられるものではない。写真は人によって感じ方も見え方も異なるため、何を最良のプリントというべきか、判断基準は毎回異なるからだ。

「フォトグラファーが写真を通じて伝えたい“思い”を感じ取ることを大切にしています。そして、誰が見ても心を動かされるプリントとはどんなものか、自分の視点を磨き続けるしかないと思っています」。そのために谷川は、休日も熱心に写真展に通う。自分が出力した作品が飾られている写真展はもちろん、そうでないものも含めて、月に10件程度は訪れるという。どのような会場で展示され、どういった技術で出力され、そして来場者はどう作品を受け止めているのかーー「フォトグラファーや鑑賞者の好み・トレンドをつかみたいという思いもありますし、インクジェットなど銀塩以外のプリント技術について知見を得ることもできますから」。

さらに、仕事がオフの日には、各地の有名撮影スポットを訪れ、自分でも撮影に臨む。「お客様の作品によく登場する場所がどんなところなのか、ファインダーを通して確認したいんです」。もともと写真が趣味ではあるものの、谷川を突き動かしているのは、やはり「よいプリントを作りたい」というひたむきな情熱だ。

こうした有形無形の努力の成果は、「ぜひ、また谷川さんにプリントしてもらいたい」というフォトグラファーからの“指名”にも表れている。誰もが名を知る有名写真家の中にも、谷川を支持する人は多い。

そんな谷川だが、アナログからデジタルへと仕事の舞台が変わった際には、やはり大きな不安を拭えなかったという。

「それまで暗室で行っていた手仕事が、いきなり明るい部屋での“モニターとマウス”の作業に変わってしまいました。頭の中には作るべき“画”が確固としてあるのに、それをどのようにして形にしたらよいのか分からなくなってしまったんです」

プリントアーティストとしての自負を揺さぶるような状況から抜け出すことができたのは、粘り強い努力の末だった。何年にもわたって、体に刻み込まれたテクニックをソフトウエアの操作技術に移し替える試行錯誤を続けた結果、自分で思い描いた画をデジタルで作り出す技術を次々と編み出すことに成功したのだ。

技術の世代交代がもたらした新たな挑戦

とはいえ、まだ40代前半、第一線で活躍し続ける谷川には、安住できる境地にたどり着いたという実感はない。最近特に課題を感じているのが、デジタル技術を駆使して作品を生み出す作家たちのニーズにどう応えるかだ。

「モニターに映した状態で、最大限美しく見えるように作られた作品が増えています。しかし、モニターと印画紙では色の美しく出る領域が異なる。フォトグラファーがイメージする作品の姿に、いかにプリントを近づけていくか。まだまだ工夫と努力が必要です」

写真を撮る人と、それを観る人ーー双方が思いや感情を完璧に共有できる写真プリントを求めて、谷川の挑戦は続く。

    「自分のプリント作品を観た人が感動している様子を見るのが最高にうれしい」と表情をほころばせる

プロフィール

プリントアーティスト
谷川 隆(たにがわ たかし)
1992年、株式会社プロラボクリエイト東京(当時)に入社。リバーサルプリントの暗室作業を担当し、プリント技術のいろはを学ぶ。その後、ネガプリントやリバーサル現像に従事、2001年よりデジタルプリント(銀写真プリント)のデータ作成および出力に携わる。

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